新ブログです

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

1

おしりさんの独り言

栄久堂吉宗          美味しい和菓子

A3

ドスパラ

日本ブログ村

PINGOO

  • PINGOO

ドスパラ2

3

地域別アクセス

  • 地域別アクセス数

    ジオターゲティング

FACEBOOK

FACEBOOK ぼんち揚げのつぶやき

パソコン工房

« 大手とLCCの狭間で  次の一手は打っているが  No1024 | トップページ | 一体いつから使えなかったのか不明です WD701CV  No1026 »

2014年2月 2日 (日)

サポート終了 長きにわたって 確かに名機であった。 No1025

 この世界で今 「サポート終了」と書くと 今年の4月9日をもって

サポートを終了するWindowsXpのことだと思うだろうが 天邪鬼な小

生の記事であるので 今日は 別の話。

 

こうして記事を書いている時 皆さんが仕事やプライベートでメール

SNSなどでも もはや当たり前の様に日本語を入力していますが、こ

の日本語をコンピューター等に入力すると言うは 少し前まで至難の技

でした。小生が大学に入学し頃でも中々手の折れる作業でした。

 なにせ日本語入力だけに特化した機械「ワードプロセッサ」

   (注意して下さいね 今やみんな「ワープロ」といいますが本当

    はこう言います。因みに 台所で使う「フードプロセッサ」と

    は根本的に違いますから、 私事で申し訳ありませんが小生の

    末の弟が ちょうど10歳ぐらいの時に小生の母親と一緒に 今

    話題の「ワードプロセッサ」を買ったと帰宅した小生に言って

    自慢気に 野菜のみじん切りを見せてくれた事が懐かしい。)

の日本初の試作機発表が1977年(シャープ製であった)

Item16

そして一般への発売がちょうど1978年小生が高校3年生の時で630万円

も(おそらく当時の大衆車6-7台分)しましたから。学生が日本語を機械

で入力するなんて大学卒業する4年後でもまれでした。小生の研究室の

中にどうしても卒業研究のレポートを機械で出力したいと言って出始め

た漢字対応プリンタを漢字コードを入力して書き出すと言う、( つまり

一文字ずつコード入力し続ける 一文字2バイトで表示ですので 一文字

4桁の英数字を延々入力する)力業で卒業研究を書いた猛者がいました。

恐らく母校の卒業研究でプリンターで書き上げた始めての物だったと思

います。(丁度マイコンからパソコンに呼び方が変わる頃でオプション

で漢字ROMが買えましたが 結構高かった記憶が)

 

 その後もしばらくは 漢字を入力すると言う点でパソコンは少し問題

がありました、アメリカ製のパソコンでは漢字は対応していませんが日

本製のパソコンは漢字ROMを乗せると言う禁断の技で日本でのシェア

を確保していったのです。(それが変わるのは1990年にDOS/Vと呼ばれ

るソフトで漢字を持たす機械が出た後です 又後日書きたいと思います)

 

 ですから小生が大学を出た頃から30歳代前半では 日本語を書いて

書類を作るなんて仕事はほとんど「ワードプロセッサ」(この頃から呼

び名が ワープロ へ変化していった)でありました。

 当時ワープロと言えば 4強でしたでしょうか??? 東芝「ルポ」

シャープ「書院」 富士通「OASYS」 NEC「文豪」になります

 小生はもっぱら「書院」でしたが 各社その入力・罫線の持たせ方等

に工夫を凝らしていました。OASYSでは親指シフトが有名でしょうか?

 No950でも書きましたが 書院は罫線の持たせ方 書き方が今の一太

郎とほとんど同じであり 此が未だに一太郎から離れられない大きな理

由です。

Item21_2

 そんな時代も昔 2000年以降には ほとんど姿を消していきました。

ルポが1999年 文豪が2000年 OASYSが2001年 そして書院が2003年

に生産を停止している。1990年のDOS/V機の登場からワープロ専用機と

パソコンという汎用機との争いになっていましたが それは時代の流れ

として致し方なかったのかも知れません。

 それでも10年に渡りユーザーがいたのはワープロ専用機がALL IN

ONEマシンで その単体で入力・編集・出力が出来た手軽さがあった

からでしょう。

 

そして冒頭に戻ります。一昨日2014年1月31日を持って最後までワープロ

専用機を生産し続けたシャープがそのサポートを終了しました。

Photo

生産終了後10年にも渡りそのサポートを続けていたようです。生産終了後

2005年にはパーツ系の供給が以降?である旨のプレスリリースを出してい

ますから その後も8年以上サポートを続けてくれたことになります。

Photo_2

 シャープと言えば3年前から経営危機が叫ばれておりますから その中

でサポートを続けてきてくれたのはメーカーとして立派と言えるでしょう。

 最後の頃には 俗に言うニコイチ(2台のマシンで壊れたパーツを融通し

ながら修理を続ける)状態でもあったそうです。

 

 小生もかつてはワープロ専用機には大変お世話になりましたから、この

報道をみて 今日は今までの労を心の中で労おうと考えています。

 (製造終了後 10年もサポートしてくれるメーカーもあるのだから Xp

  のサポートも もう少し長くできないものかな??とも考えたりしま

  す 経費がかかることは分かりますが..............)

 

« 大手とLCCの狭間で  次の一手は打っているが  No1024 | トップページ | 一体いつから使えなかったのか不明です WD701CV  No1026 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: サポート終了 長きにわたって 確かに名機であった。 No1025:

« 大手とLCCの狭間で  次の一手は打っているが  No1024 | トップページ | 一体いつから使えなかったのか不明です WD701CV  No1026 »

フォト

r

 フォローは下のボタンで

Follow me

無料ブログはココログ
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

2

A2

JALのページ

  • JAL FACEBOOK

ANAのページ

  • ANA FACEBOOOK