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2015年5月20日 (水)

さらば ランサーエボリューション  No1491

 記事は この言葉で始まっていた。

 

  「ランサーエボリューション」の名前を知らない自動車好きは、

  ほとんどいないだろう。

   さらばランエボ!君は本当に偉大だった

 

1992年のデビュー依頼23年間に渡り日本のイヤ世界の全天候型スーパー

スポーツセダンとして君臨し そのライバル「スバル インプレッサWRX」

とラリーシーンでの過酷な対決を演じ 一部ファンならずとも絶大な人気

を誇っていたのが 三菱自動車 「ランサーエボリューション」(通称の

「ランエボ」 此方の方が通るかもしれない)である。

 

 既に数年前からベース車の「ランサー」は日本では発売されておらず、

現行の「ランエボ」は「ギャランフォルティス」をベースにしているのだが

遂に ランエボは 10代目で生産終了となる。今年4月10日より先行予約

の受け付けが始まったのが、「ランサーエボリューションX」の特別仕様車

「ファイナルエディション」(価格429万8400円)であるが、わずか2週間後

の4月25日に限定販売台数である1000 台に達し受付終了となったそうだ。

 小生「ランエボ」を所有した事はないが ランサーは一時期所有していた

その辺りの歴史を少しひもといてみた。

 

「ランサー」は三菱自動車では 「ギャラン」「コルト」と並ぶいにしえの

名称であり 初代ランサーは1973年に登場している。

 又、三菱ではグレード名が有名になる傾向があり

   「ランサー」と言えば  GSR

   「ギャラン」と言えば  GTO  後に VR-4

と言う事になろうか。初代ランサーはGSRで世界のラリーシーンをリード

した時期もある。初代GSRは

  三国ソレックス製ツインキャブ 1,600cc(SOHC、サターン・4G32)

エンジンを搭載していた。(ソレックスツイン なんと言い響きであろうか)

 

2代目はセッサーノのデザインとして知られ(ランサーEX) ターボモデル

であるランサーターボは「ランタボ」とも呼ばれた。1982年にはラリー選手権

(WRC)に始めてECI(電子燃料噴射装置)を持ち込んだ。

 

 後の3代目はミラージュと姉妹車となりかなりおとなしくなった。但し、

1.6Lターボ+4WDの「GSR」が設定はされている。

そして 1991年に4代目 ランサーが登場した。このモデルにはフラッグ

シップとして1800ccフルタイム4WDの「GSR」が設定されていた。

   4代目ランサーのカタログ

   ランサーGSRのスペック

 実は 小生この4代目ランサーGSRをすぐさま購入している。とにかく

良く走る車であった。特にフルタイム4WDの高速直進性と安定性はすばら

しくまるで運転が旨くなったような錯覚すらする全天候型なのだ。

White_1800gsr       写真は小生の愛車ではありません。

 (その後小生はフルタイム4WDが忘れられず 1台おいて今も4WD車)

 車重1150kg 4G93ターボエンジン1843CC195ps  を押し込んで

いるのである。当時 車重を馬力で割るパワーウエイトレシオと言う言葉が

あった。通常は10程度のものが 此奴は6弱である。当時の水準では言え

ばスポーツカーに分類しても良いと思えた。

 控えめなリアウイングも小生的には非常に好みであった。

  (小生の運転技量ではこれでもハイパワー過ぎてとてもじゃないが必要

   十分な性能である これ以上のパワーが果たして必要だろうかとの考

   えが有ったのだが。。。。。それは 1年後に見事に覆された)

 

 そしてこのモデルの派生として出現するのが ランサーエボリューション

である 丁度4代目ランサーの発売後1年の1992年10月である。

基本的にはWRCのホモロゲーションモデルとしての開発で当初は限定生産

予定であったのだが

4代目ランサーに 2000cc 250psのエンジンを無理矢理ぶち込んだモデル

であり本来も限定モデルとしての予定だった2500台はわずか3日間で完売した。

 (因みに 小生の従兄弟は即刻 ランエボを購入し走り回していた)

この売れ行きが「ランエボ」のその後を決定づけた。

  エボⅠ  7628台

  エボⅡ  6284台

  エボⅢ 10080台

  エボⅣ 13134台

  エボⅤ  7617台

  エボⅥ 10299台 

    (内 トミー・マキネンモデル 2705台)

  エボⅦ 13768台

  エボⅧ  9091台

  エボⅨ  9022台(エボワゴン含む、)

  エボⅩ 11643台

と累計では10万台を超えている ベストセラーであるのだ。

 (元来 あくまでラリーのベース車として考えていた当の三菱が一番

  この売れ行きに驚いたに違いない)

 記事では 「初代エボ~Ⅲ」、「Ⅳ~Ⅵ」、「Ⅶ~Ⅸ」、そして「Ⅹ」と、

大きく4世代に分けられる。とも書かれているが デザイン的には小生は初代

の控えめさが好きであるが 一番その時代として完成度が高かったのはⅥでは

無かっただろうか? 丁度 WRC4連覇の偉業を達成したトミー・マキネン

の活躍と重なる。彼は 未だに最高の車であったと言うそうだ。

 

 その後のランエボについては 記事を参照されたし。

そんな ランエボで有ったが 2007年のⅩ以降8年間新モデルはでず

今年生産終了となったのは WRCの規定変更が大きいのだろうか??

(未だに日本の国内ラリー排気量が2001~3500ccの四輪駆動車で争われる

 「ST2」クラスはランサーエボリューションのほぼ独占状態だそうだが)

三菱自動車としてもランエボで培われた技術はこれからの車に生かしてい

くとのこと 将来出てくるであろう 後継モデルに期待したい。

 余談ではあるが小生の購入したランサーGSRは約10年の愛用後 訳

あって小生の勤める会社に寄付し数年活躍した 当時仕事上岡山県津山市

に緊急で出張するケースが多々あり ランサーGSRは津山スペシャルと

呼ばれていた(中国吹田-津山ICは丁度150km これを1時間で。。。)

 その後 堺市内の高速道路で壁に激突全損(運転者はほぼ無傷)と言う

悲しい結末を迎えている。

 

 さらば ランサー(エボリューション)。。。。。。。。。。。

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